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横浜地方裁判所 昭和43年(わ)1098号 判決

主文

被告人を懲役一年三月に処する。

但し、この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

押収してある大麻草二包(昭和四四年押第二五四号の一、二)を没収する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、在日米海軍極東地区海上輸送司令部に所属する米海軍軍属であるが、同僚のフランシス・エル・エリスと共謀のうえ、法定の除外事由がないのに昭和四三年五月一四日午後四時四五分ころ、横須賀市稲岡町八二番地先路上において、大麻約四二・六グラム(ビニール袋入り二袋、昭和四四年押第二五四号の一、二はその一部)を所持していたものである。

(証拠の標目)(省略)

(法令の適用)

被告人の判示所為は、刑法六〇条、大麻取締法二四条の二の一号、三条一項に該当するので所定刑期の範囲内で被告人を懲役一年三月に処し、情状により刑法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予し、押収してある大麻草二包(昭和四四年押第二五四号の一、二)は判示犯罪行為を組成した物で犯人以外の者に属しないから同法一九条一項一号二項を適用してこれを没収し、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して全部これを被告人に負担させることとする。

(弁護人の主張に対する判断)

一、被告人に起訴状謄本の送達がないとの主張について

弁護人は、本件は、公訴の提起があつた日から二箇月以内に被告人に起訴状の謄本が送達されなかつたので、公訴の提起はさかのぼつてその効力を失うから、本件公訴は棄却すべきものであると主張するにつき、まずこの点につき按ずるに、本件起訴状、被告人の当公判廷における供述、第一回公判調書(中の被告人の供述部分)、被告人の昭和四三年九月三〇日付横浜地方裁判所宛の手紙および同日付の弁護人選任に関する回答書、被告人および弁護人連署の昭和四四年二月一七日付弁護人選任届、横須賀郵便局配達員黒川文男の昭和四三年九月一〇日付郵便送達報告書、横須賀米海軍基地司令部法務部長D・A・マリオの赤穂裁判長宛の回答書二通(同年一月七日付、同年五月二八日付)、在日米海軍極東地区海上輸送司令部参謀長H・J・アーセテイの同年六月二日付赤穂裁判長宛および昭和四五年六月三〇日付林検察官宛の回答書、弁護人提出の起訴通知(写)二通ならびに当公判廷における証人小宮山嘉男の証言を総合すれば、昭和四三年九月七日本件公訴の提起があり、同月一〇日被告人に対するその起訴状謄本および弁護人選任に関する通知が横須賀米海軍基地司令部法務部に送達され、同法務部部員小宮山嘉男が同起訴状謄本を正確に英訳し、その英訳文のコピーと右弁護人選任に関する通知を当時被告人の所属していた横浜市所在の在日米海軍極東地区海上輸送司令部(以下MSTSと呼ぶ)に宛て発送し、それらが同月一八日ころ同司令部に送達され、これを同司令部より同月一八日付をもつて当時被告人の乗船していた米海軍軍用船マスキンガム号に転送され、被告人は同月三〇日右起訴状謄本の英訳文のコピーと弁護人選任に関する通知を南ベトナムダナン淀泊中のマスキンガム号上で受領し、かつて同一公訴事実で公訴を提起され公訴棄却の決定を受けたことのある被告人はこれをいぶかしく思いながらも同日無線でM・S・T・Sに問合わせ、裁判所と中西金太郎弁護士に連絡するよう依頼すると共に、右弁護人選任に関する通知に対しては弁護人を私選する旨および同年一〇月一五日ころ横浜に帰る予定である旨を記載して当裁判所に回答し、その後被告人は軍務に専念し、翌昭和四四年二月一六日佐世保港に入港の際勾引され、同月一七日弁護人を選任し、同年四月一五日第一回公判が開かれ、被告人は弁護人と共に出頭していることが認められる。

ところで、まず、本件起訴状謄本の送達場所が適法な送達場所であるか否かについて按ずるに、刑事訴訟法五四条により準用される民事訴訟法一六八条と同法一六九条一項の各法意に照らせば、被告人の如く軍隊に所属し、軍務を帯びて行動する者に対する送達の場所としては、同法一六九条一項所定の「住所、居所、営業又は事業所」のほか「その者の所属する部隊司令部」もまた前者に準じてこれらに包含され適法な送達場所の一つとなるものと解すべきところ、右各証拠により被告人は当時MSTSに所属していた軍属であることが明かであるから、右MSTSは本件起訴状謄本の適法な送達場所の一つであると考えられる。

そして、起訴状謄本の送達は、本来は、直接その送達場所に宛ててなされるべきものであるが、しかし、本件の如く、在日米海軍各司令部の組織系統が一見必らずしも明瞭でないところから、その送達先を誤つた場合においても、右起訴状の謄本が転送され、結局その適法な送達場所に到達した場合には、その到達した時点において送達の効力を認めて差し支えないものと解するのが相当である。

次に本件において本件起訴状の謄本がその送達場所である前記MSTSに到達した段階では、起訴状の謄本そのものではなく、その英訳文のコピーであつたことは前叙のとおりであり、従つて、本件起訴状の送達手続に、右の点で瑕疵のあることは弁護人の指摘するとおりである。しかしながら、起訴状の謄本を被告人に送達する主たる目的は、公訴提起後すみやかに、且つ公判開始前に、被告人に対し公の文書によつて正確に公訴事実と罪名を知らせ、それによつて被告人に十分防禦の機会を与えることにあると解せられるので、実質的に右目的に何等の支障をもきたさないような場合には、たとえ起訴状の謄本そのものが法定期間内に被告人に送達されなかつたとしても直ちに公訴提起の効力を失わしめるものではないと解するのが相当である。これを本件についてみるに、前記各証拠を総合すれば、被告人に送達された本件起訴状の英訳文は、横須賀米海軍基地司令部法務部員である小宮山嘉男が、裁判所より届いた本件起訴状の謄本を、その職務上忠実に、正確に英訳し、その旨署名しているものであること、そして同司令部においては、従来同基地関係の米軍人、軍属に対する起訴状の謄本が同司令部に送達された場合には、概ね本人が日本語に習熟していないことなどから、すべてこれを右の如く英訳し、起訴状の謄本そのものは同司令部法務部においてこれを保管し、その英訳文のコピーを本人に手交している慣行があること、および被告人は日本文字で作成された文書は読解し得ないことが認められ、そして実際、被告人が、本件起訴の約一ケ月後、本件起訴状の謄本を正確に英訳した右英訳文のコピーを受領し、これによつて本件公訴事実と罪名を了知し、弁護人選任に関する手続を進めていたことも前記認定のとおりであるから、これらの諸事情を総合して考察すると、起訴状謄本自体が被告人に送達されなかつたことの瑕疵は、未だ本件公訴提起の効力を左右するものではないと解するのが相当である。

そうすると、結局本件は、本件公訴の提起がなされた昭和四三年九月七日から法定の二ケ月以内である同月一八日ころ、被告人の所属するMSTSに本件起訴状謄本の前記英訳文のコピーが到達したことによつて、起訴状謄本送達の手続が終了し、その手続に前記の如く若干の瑕疵はあるが、その瑕疵は未だ本件公訴提起の効力に影響を及ぼすものではないものというべきであるから、弁護人の右の主張はこれを採用することができない。

二、被告人が日本国外に居住するためわが国の公訴権が及ばないとの主張について、

次に、弁護人は本件は被告人が日本国外に居住するためわが国の公訴権が及ばない旨主張するが、被告人は日本国領土内に所在するMSTSに所属し、その職務上時に日本国を離れることがあるけれども短期間内にふたたび日本に帰ることを繰り返していたものであるから、かような場合にその被告人に対してわが国の公訴権の及ぶことは当然である。

三、日米行政協定違反の主張について、

更に、弁護人は、本件公訴の提起手続が、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基く施設及び区域ならびに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定一七条一項(b)、六項(b)、八項、九項〔議定書(昭和二八年条約二八号)付属書一項(b)〕に違反しているので形式的訴訟条件を欠き違法である旨主張するが、右協定一七条一項(b)に違反しないことは前記認定の諸事実に照らし明らかであり、同条六項(b)の点については、同条所定の通告手続履践の有無が公訴提起の効力自体に影響を及ぼすものとは解し難く、同条八項の点については、本件公訴にかかる事実については、先に当裁判所において起訴状謄本が法定の期間内に被告人に送達されなかつた故をもつて公訴棄却の決定をし、右決定が確定していることは、当裁判所に職務上顕著な事実であるが、しかし右公訴棄却の決定が同項所定の有罪或は無罪の判決に該当しないことは、他言を要しないところであるから、同一事実につき再度公訴の提起がなされたからといつて何等同条項に違反するものではなく、また本件公訴提起の手続が同条九項(b)等に違反しないことも本件起訴状の謄本の送達の効力について説示した諸事実に徴し明らかである。

従つて、弁護人の前記主張はいずれもこれを採用することができない。

四、囮捜査等の主張について、

なお、弁護人は、本件の捜査はいわゆる囮捜査によるものであつて、被告人には大麻を所持する意思がなかつたものであるから被告人は無罪であると主張するにつき、この点について検討するに、被告人の当公判廷における供述、被告人の司法警察員および検察官に対する各供述調書、フランシス・エル・エリスの検察官に対する供述調書二通、第五回公判調書中の証人佐藤善六の供述部分、第六回公判調書中の証人宮下繁の供述部分、第九回公判調書中の証人座間清隆の供述部分、当公判廷における証人荒川幸蔵および同小林万司の証言、昭和四三年(わ)第七〇一号事件第二回公判調書中証人佐藤善六の供述部分(写)、ならびに司法警察員座間清隆作成の昭和四三年六月六日付捜査報告書を総合すれば、なるほど被告人等が本件大麻を買う際、仲介者は売買成立を見ず立ち去り、大麻の価格は通常の三分の一程度でしかも面識もない者同志なのにその半額現金で支払い他は後払いとなつていること等本件大麻取引に不自然な点が多々あり、本件捜査官側も通常の状況視察に必要以上の六人編成であり且つ本件犯行を現認するに至つた経緯が余りにもうまくいき過ぎていること、本件証拠物の大麻を包んであるビニール袋は捜査官が用いるものと同種のものであること等を認めることができ、捜査官あるいはその意を受けた私人が本件大麻取引に関与したのではないかすなわち囮捜査ではないかとの疑がある。

しかし、仮に本件が囮捜査によるものであるとしても、前記(証拠の標目)掲記の証拠を総合すれば被告人は本件大麻取引の仲介者等に声をかける以前から大麻を入手する意思を有していたことが認められ、囮行為が存在したとしてもそれは被告人に大麻所持の機会を与えたにすぎないから、これにより被告人の大麻所持の違法性は阻却されないものと解すべきである。従つて弁護人の右主張も採用できない。

よつて主文のとおり判決する。

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